千年紀の巡礼道「サンティアゴ巡礼と熊野古道」   ユネスコ世界遺産の巡礼道

千年紀の歴史を持つ日本の巡礼の道「熊野古道」と、ヨーロッパ中世からの巡礼の道である「サンティアゴ巡礼の道」は、それぞれルートの一部がユネス Canon Lens Mug コ世界遺産に指定されています。

1998年、和歌山県庁ガリシア州政府が、「人類遺産、文化遺産であるこれらの巡礼道に共通の価値を見出し、未来におけるその意義を追求する」という目的で「姉妹道協定」が結ばれました。

宗教美術やロマネスク美術を専門にしている日本人写真家六田知弘氏が、「サンティアゴ巡礼の道」を歩いて撮影し、スペイン・ガリシア州出身のルイス・オカニャ氏 (Luis Ocaña) が、「熊野古道」を撮影した作品が、日本各地やサンティアゴ、パリなどで展示されました。

(なお、ルイス・オカニャ氏は、胃癌のため2010年8月に亡くなりました。生前、日本をこよなく愛し、スペインと日本の交流に尽力されたオカニャ氏のご冥福を心からお祈りします。オカニャ氏のサイトhttp://www.luis-ocana.com/

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この「姉妹道協定」を基盤にして、和歌山県庁とガリシア州政府は、日本とスペインだけでなく、世界各地で共同でプロモーションを行なってきました。また、2010年12月には、和歌山県から大学生のグループがガリシアへ訪問団として派遣され、「東西の巡礼道」をテーマにした、これからの青少年交流なども期待されています。

東は、日本の紀伊半島南部、昔から「熊野」と呼ばれている木々が鬱蒼としたこの土地は、神々が宿る神秘の土地とされていました。「熊野三山」を初めとする神社を結ぶ「熊野古道」の多くのルートは、その発祥である10世紀より、上皇たちが好んで巡礼をした道の名残です。最盛期には、「蟻の行列」と言われたほど、身分の上下を問わず「熊野詣で」をする人たちが多かったそうです。

(上と右下の写真:熊野本宮大社 ‐ 撮影 2008年 :塩澤  恵)

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一方、西は、ユーラシア半島の最西端、現在のスペイン・ガリシア州の州都サンティアゴ・デ・コンポステーラに眠る「聖ヤコブ」(スペイン語でサンティアゴ)を祀る大聖堂を目指して、中世時代から毎年何百万もの巡礼者がヨーロッパ各地からやって来ました。紀元1世紀に、現在のパレスチナで殉教したとされる聖ヤコブ(大ヤコブ)の遺体は、伝説によると、2人の弟子によって石の船でこのイベリア半島の最西端まで運ばれたということです。

聖ヤコブの遺体は、現在のサンティアゴ・デ・コンポステーラ市内近くに埋葬された後、およそ800年の間、忘れられていました。それが、9世紀の初めにペラーヨという修道士とテオドミロという司教によって発見され、そこに礼拝堂が建てられました。その後、増改築が繰り返され、その間、ヨーロッパ・キリスト教世界では、「聖ヤコブの眠る西の果てへ」巡礼する人たちが爆発的に増えていきました。

(上の写真:サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂をアラメダ公園から眺める。2010年撮影:塩澤 恵)

聖ヤコブの日」とされる7月25日が、日曜日に重なる年は、「聖なる年」(Año Santo Jacobeo) と呼ばれ、カトリック・キリスト教世界では、とても大事な年です。6年、5年、6年、11年という周期で回ってくるこの「聖なる年」。2010年の次は2021年です。

この年に、巡礼をしてサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の「聖なる門」から入ってお参りした信者は、恩赦が受けられるというキリスト教の習慣があります。「聖なる門」は、「聖なる年」だけに開かれる門なので、この年には、普段の数倍の巡礼者や観光客がサンティアゴの大聖堂を訪れます。

(上の写真:サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂「聖なる門」の前の行列。2010年撮影:塩澤  恵)

(上の写真:巡礼者や観光客で賑わうサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂前オブラドイロ広場。2010年撮影:塩澤 恵)

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